平和を願うという選択
- Mitsuhiro Kubota
- 9 分前
- 読了時間: 2分
― カンボジアから、タイとの関係を想う ―
最近、カンボジアとタイの関係について、
ニュースやSNSでさまざまな声が飛び交っています。
国と国の間には、歴史もあり、立場もあり、
簡単には語れない事情があることは、ここで暮らしていると強く感じます。
私は政治の専門家ではありません。
ただ、カンボジアで働き、生活し、人と向き合ってきた一人として、
どうしても伝えたい気持ちがあります。
それは、
争いよりも、平和を選びたい
という、とてもシンプルな願いです。
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現場で働く人たちは、争いを望んでいない
私が日々一緒に働いている養殖場のスタッフたちは、
国境や政治の話よりも、
・今日の水質はどうか
・魚は元気に育っているか
・家族が安心して暮らせているか
そんな、ごく当たり前のことを大切にしています。
タイであっても、カンボジアであっても、
現場で汗を流す人たちの願いは、驚くほど似ています。
「普通に働いて、普通に暮らしたい」
それだけです。
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対立は簡単に煽れる。でも、信頼は時間がかかる
言葉は、ときに簡単に人を分断します。
怒りや不安は、瞬間的に広がります。
でも、信頼や理解は、
人と人が時間をかけて積み重ねていくものです。
私は、カンボジアで仕事をする中で、
国籍を超えて支え合う場面を何度も見てきました。
だからこそ思います。
今こそ必要なのは、
「どちらが正しいか」を叫ぶことではなく、
これ以上、誰も傷つかない道を選ぶことではないかと。
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平和は、声高に叫ぶものではなく、守り続けるもの
平和は当たり前ではありません。
守ろうとする意志がなければ、簡単に壊れてしまいます。
カンボジアから、
静かに、しかしはっきりと、
私は平和を願います。
国境を越えて、
人と人が仕事をし、食を分かち合い、
未来を語れる関係が続くことを。
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最後に
争いの中で一番傷つくのは、
声を上げる力を持たない、普通の人たちです。
だから私は、
ここカンボジアから、
平和を選びたいという意思を示したい。
対立ではなく、対話を。
怒りではなく、理解を。
小さな声かもしれませんが、
この場所から、平和への想いを届けます。




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